▶国際理解講座~ネパール編~@もりおか老人大学 

2019年09月30日

国際理解講座~ネパール編~@もりおか老人大学 

 

今年度最後となる国際理解講座が、9月27日に大慈寺老人福祉センターで開かれました。

 

講師にギミレ・チティズ先生を迎え、6月から4回にわたり開催してきたこの講座ですが、締め括りとなる今回もまた楽しく興味深い話にあっという間の1時間でした。

 

今回の講座はネパールの冠婚葬祭事情から始まりました。

まずはお葬式です。日本の葬儀ととても異なります。ネパールでは誰かが亡くなると、死後硬直が始まる前に火葬をするそうです。死後硬直とは人が亡くなってからだいたい3、4時間で始まるそうなので、その村の村長などが死亡を判断したら3、4時間のうちにその亡骸はもう灰になっているということです。因みに日本のように死亡診断書は無いとのこと。死亡が診断されると、まず遺体を乗せるための担架の材料となる竹を切りに行きます。遺体に火を点けるのは長男(もしいなければ妹の夫など)の役目だそうで、必ず「口」から火を点けるそうです。なかなか燃えず残った骨は棒で叩き粉々にし、灰は川へ散骨するそう。日本のようにお墓や仏壇などは無いそうなので、亡くなった方を懐古するものは残さないとのことです。この葬儀の方法はヒンドゥー教に基づくそうで、日本のように火葬場自体は存在するそうなのですが、殆どの国民は使用しないそうです。亡くなった方の親族の男性陣は頭を丸刈りにし、13日間は食事は一日昼に一回のみ、塩分は摂取してはいけない、自分達が作ったものしか口にしてはならないという厳しい掟があるあそう。「日本では最近孤独死が問題になっていますが、ネパールではどうですか?」との質問には、「ネパールではほとんど無いですね」とギミレ先生。例えば誰かがご臨終の際は、親戚や村人が集まり、みんなで看取る場合が多いそう。

 

次は結婚式です。ネパールの結婚式はとても大がかりで4,5日間にもわたるそうです。新郎・新婦にもよりますが、300人~400人の親戚やゲストが参加するのも珍しくないとのこと。日本のようなセレモニー的要素はあまり無いようで、ゲストはいつ来ていつ帰ってもOK。お金持ちの家族ではヘリコプターをチャーターしたり、豪勢の限りを尽くすそうですが、ギミレ先生は結婚式をこじんまりと執り行い、使わなかったお金は貧しい方々に寄付をしたとのことです。因みに、ギミレ先生のお母さまは、この伝統に則らないスタイルの結婚式がいやだったようで、数日間泣いてしまったそう。ネパールでも若い世代の間では多様化が進んでいるそうです。

 

今回のお話しで特に印象が強かった話があります。それは子供は村や地域全体で育てる、ということです。ネパールでは、特に田舎のエリアでは、親戚はもちろん、近所との繋がりがとっても強いそう。例えばギミレ先生が子供時代悪さをした時に、村にいる大人たちにとても叱られせたそう。それを家に帰って親に報告したところ「叱ってもらえて良かったね。」や「もっと怒られても良かったくらいだ」と言われたそう。悪いことは悪いと、親だけでなく近くにいる大人がきちんと叱るそうなんです。これって今の日本ではなかなか考えられないですよね。子供にとっては地域全体がお父さんでもありお母さんでもある、そして叱られることもあれば、家族と同じくご飯のおもてなしを受けたり、久々に帰れば,「帰ってきたんだね、おかえり!家に寄っていきなさい。」「お茶を飲んでいきなさい。」と温かく迎え入れてくれるそう。ギミレ先生は自分が育った村の人たちのことは大体みんな知っているそうです。核家族化が進んだ日本に住む身としては、この話を聞き、なんだか羨ましく思う部分もありました。地域で子育てをすれば、現代日本で増加傾向にある幼児虐待や子育てでストレスを抱える親も少しは減るのでは・・・?そんなことすら聞いてて感じました。

 

そんなネパールはチトワン出身のギミレ先生ですが、全ての講座で「日本は良いところですね。特に盛岡は暮らしやすいし、人がとてもあったかく、優しいです。少し恥ずかしがり屋だなと思う時がありますが。」と仰ってくださいました。しかし最近は点字ブロックの上を歩いていると道行く人とすれ違う時に肩がぶつかったり、自転車のタイヤに白杖が引っ掛かり折れてしまったり、中にはぶつかっても謝るどころか「白杖を左右に振るな」と心無い言葉をかけてくる人もいるそうです。目の見えないギミレ先生がこのような思いをしているということは、他に何人も同じ経験をしている障がいを持った方がいるのでは、と考えてしまいました。先生はそんな盛岡を「自分も盛岡に住む一員として、みなさんと一緒により良い街にしたいと思います。一緒にしていきましょう。」と仙北校での講座で語っておりました。海外からいらした方にこのような言葉を頂くのはとても貴重なことでは無いでしょうか。多文化共生の真髄を垣間見たような気もしました。その「多文化」には国籍や人種が異なるだけでなく、大人や子供、男性、女性、目の見えない人や耳の聞こえない人など、「多様」な角度から見た際にできるだけ暮らしやすい社会、を意味するのではないかと、そんな風に思いました。

 

 

ギミレ先生からネパールという国について、そしてネパールという国を通して色々学ぶことができました。講座に参加していただいた生徒のみなさん、先生方、そして貴重なお話しを届けてくれたギミレ先生、本当にありがとうございました!